大阪高等裁判所 昭和40年(ネ)1171号 判決 1966年8月08日
控訴人 三井矢作 外一名
被控訴人 三井貿易株式会社 外一名
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。本案判決の確定に至るまで被控訴人三井末春は被控訴人三井貿易株式会社の清算人の職務を執行してはならない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決並びに右職務執行停止期間中代行者の選任を求め、被控訴人ら代理人は、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張は、
控訴人ら代理人において、
第一、三井楠太郎の株式及び株主名簿登載の効力について。
「一、本件の争点となつている三井楠太郎の株式の内容につき、原判決は原判決末尾添付の株主表記載の株式中、被控訴人三井末春名義の株式の内五〇〇株と、吉田晃、大橋亀男、海下春造、山口育克、吉田敬造名義の全株式は三井楠太郎が同人の名義を借用して所有するものであつて、本件株主総会には吉田晃、海下、山口、吉田敬造の四名は楠太郎の意思を徴して議決に参加し、大橋亀男は出席を承諾しないため楠太郎は三井健治に議決権の行使を委任した」と認め、さらに「商法第二〇六条は記名株式の移転を会社に対抗するための要件を規定するに過ぎないのであるから、被控訴会社が楠太郎を真実の株主と認める一方、前記四名の名義上の株主が議決権を行使することを許容したことは同条と無関係である。」としている。しかし、右は事実を誤認し、右法条の解釈を誤つている。すなわち、
二、被控訴会社の株式の変動の状況は別紙<省略>のとおりである。そして以上の変動は新旧株主によりその都度被控訴会社に届出られ被控訴会社はこれを承諾して株主名簿に登載を了したもので、被控訴会社は本件の臨時株主総会招集通知と併せて右株主名簿に基く株主名及び持株数を株主に通知したのである(疏甲第五号証)。
三、そして以上の変動状況により明らかなとおり、楠太郎は被控訴会社設立に当り、自ら一、一〇〇株の申込引受をなし、同数の株式を有する株主となつたものであるところ、同時に吉田晃、大橋は各二〇〇株、海下、山口は各一〇〇株の申込引受をなし、被控訴人三井末春は一、〇〇〇株の申込引受をなし、それぞれ同数の株主となつており、楠太郎とは別個に併存していたものである(別紙(1) 参照)。
また、海下、山口はその後杉浦春男の持株を各一〇〇株宛譲受けて株主となつたが(別紙(2) 参照)、原判決によると、これらの株はすべて楠太郎の所有となり、計算上楠太郎は申込引受なき株式を所有することとなる。
吉田敬造の増資引受株二〇〇株は、楠太郎の持株譲渡後吉田敬造が楠太郎とは関係なく申込引受したもので(別紙(3) 参照)、楠太郎の所有株ではない。
以上のとおり、「吉田晃、大橋亀男、海下春造、山口育克、吉田敬造の名義株が実は三井楠太郎所有の株である」とすることが誤りであることが明らかである。
四、次に株主名簿についての商法第二〇六条の規定は単に会社に対する譲受株主の対抗要件を定めたものではない。
(1) 株主は株主名簿の登載なくしては会社に対抗し得ないのみならず、株主としての処遇を会社より受けることができない。従つて、会社は株主名簿に登載されていない者を株主として株主権を行使せしめることはできない。もし、会社が任意に名簿に登載なき株主を創設してその議決権を認めるにおいては会社代表取締役の専権により、これらの公益規定が蹂りんされるに至る。商法第二〇六条の規定の文字にのみ拘泥して株主名簿の登載を単に株主の会社に対する対抗要件に過ぎぬものと解し、会社がその株主権を認めることは株主名簿の内容に関係がないとすることはできない。株主名簿の登載は独り会社のみに関するものでなく、他の株主その他の第三者に対しても株主たることを対抗するに必要であつて、ある者の株主たる資格を争う株主があれば、会社としては、右主張を排斥するにはその者が株主名簿に登載されている事実を立証しなければならないと解すべきである、従つて、仮に三井楠太郎が被控訴人ら主張の各株主名義の株式の実質所有者であるとしても、商法第二〇六条の解釈上、被控訴会社がこれを認めることはできない。
(2) 株主名簿の記載は対会社関係における株主の資格を定めるものであつて、単に対抗要件を定めたものではない。商法第二二四条第一項が「会社ノ株主ニ対スル通知又ハ株主名簿ニ記載シタル株主ノ住所又ハ其ノ者ガ会社ニ通知シタル住所ニ宛ツルヲ以テ足ル」と規定しているのも会社が株主名簿の記載をもつて多数株主を把握すべき趣旨を明らかにしたものと考えられる。また、商法第二〇六条の立法の沿革に照すと、明治二三年の旧商法第一八一条では「株式ノ譲渡ハ取得者ノ氏名ヲ株券及ビ株主名簿ニ記載スルニ非ザレバ会社ニ対シソノ効ナシ」と規定していたが、「会社ニ対シソノ効ナシ」との文言は狭きに失し、又は一般的文例に反するとの理由から明治三二年新商法第一五〇条において「記名株式ノ移転ハ取得者ノ氏名及ビ住所ヲ株主名簿ニ記載シ且ツソノ氏名ヲ株券ニ記載スルニ非ザレバコレヲ以テ会社ソノ他ノ第三者ニ対抗スルコトヲ得ズ」と改正せられ、さらに昭和二五年の改正により株式の譲渡は裏書又は譲渡証書の方法によるべきものとされたことに伴い、右条文により「第三者」なる文言が削除され現行第二〇六条一項となつたのである。
以上の沿革に徴すると、旧商法の「会社ニ対シテソノ効ナシ」との文言が「会社ニ対抗スルコトヲ得ズ」と改変せられたことについては別段の意義はなく、右両者は同義に解すべきであつて、現行商法第二〇六条第一項の「会社ニ対抗スルコトヲ得ズ」なる文言は株主の会社に対する資格を定めたものと解釈すべきである。因みに一八六一年ドイツ旧商法第二二三条、一八九七年株式法第六二条においても「会社に対する関係においては株主名簿に株式の所有者として記載された者のみが株式の所有者とみなされる。」と規定しているのである。
第二、三井健治による議決権の代理行使について。
被控訴会社は定款第一四条において株主の議決権行使の代理人を被控訴会社の株主に限ると定めていることは、当事者間に争がないところ、被控訴人らは右規定が無効である旨主張し、また仮に有効としても、この制限は株主総会が株主以外の第三者によつて攪乱されることを防止するためのものであるから、そのようなおそれのない議決権の代理行使の機会を奪うに等しい結果の生ずることまで容認するものでないとして、本件の場合は右制限を適用すべきでない旨主張する。そして原判決も、右定款規定の適用上各総会毎に議長において具体的状況に応じて株主以外の者の代理行使を認めるか否かの裁量をなし得るものとし、その裁量の当否は総会の決議の効力についての訴訟において裁判所の審査に服すべきものとしている。
しかし乍ら本件では、三井健治が代理行使したのは三井楠太郎と三井菊枝の各株主権であるところ、まず、三井楠太郎の株主権については前述のとおり、同人は株主でなく、また株主名簿にも登載されていないから本来議決権の行使をなし得ず、従つて本件定款の規定の有無に拘らず三井健治が同人の議決権を代理行使することはありえない。また、三井菊枝の分については、そもそも被控訴会社が定款を以て前記の如き議決権代理行使の制限をしたのは、被控訴会社が、被控訴人三井末春、控訴人三井矢作の両名を枢軸として設立され、その運営も両名によつてなされるべきを期待し、第三者によつて経営が左右されることを避止する特殊事情によるものであるところ、本件総会は議長たる被控訴人三井末春が被控訴会社の業務を自己の手に横奪し、被控訴会社に重大な損害を与え、大株主たる控訴人三井矢作、同三井健その他の株主権を侵害しようとするものであつて、年少の三井健治はその叔父たる被控訴人三井末春に抗し、正当なる議決権を行使することは不可能な状況にあつたものであり、また議長たる被控訴人三井末春が自己の不正行為と関連する総会において、議決権の代理行使の可否につき正当な裁量を加えることは到底期待し得えないのであるから、本件定款の解釈につき仮に原判決説示の如き見解を採るとしても、議長たる被控訴人三井末春が本件議決権代理行使を許容したことは違法である。
第三、良俗違反の主張について。
被控訴会社の業務は、本件決議がなされる以前から既に代行委託の名下に三井通商株式会社に移行され、且つ被控訴人三井末春は昭和三九年八、九月頃被控訴会社の事務所に侵入して会社業務書類を持出す不正行為をなし(疏甲第一〇号証の告訴状参照)、同年八月三一日には被控訴会社休業の臨時株主総会の招集をなす等その不正行為は顕著に表明せられ、その意図するところは被控訴会社の業務を三井通商株式会社の業務として自己の手中に横奪する不正行為の表現である。従つて、本件解散決議が良俗に違反することは明らかである。」と述べ
被控訴人ら代理人において、
「一、議決権行使の代理人たる資格を株主に限る旨の定款規定は、次の事由によつて無効である。
(1) 株式の自由譲渡性が制限せられ、株式会社なる社団の内部に従来の株主と異なつた分子が参加することを制限することが認められる場合には、株主間の人間関係はある程度認められ、議決権行使の代理人たる資格を株主に限ることはその理由が認められ、法律上も許されうべき事項であろう。しかしながら、株式譲渡の自由が強行法的に認められる現行商法第二〇四条一項のもとにおいては、株式譲渡の自由性に対する制限と同一の趣旨に基づく代理人資格を株主に制限することは認められないと解すべきである。
(2) 株主が代理人に自己の議決権行使を委任する場合、株主は株主として自己の利益のために代理人を選任し、代理人もまた株主のためにその任務を遂行すべきものであるから、代理人が当該会社の株主たると否とによつてその議決権行使の方法に特に差異の生ずべき理由は存在しない(株主でない代理人が議決権を自己の個人的利益に基づいて行使する可能性は、本人たる株主自身又は株主たる代理人が自己の個人的利益に基づいて議決権を行使する可能性と特に差異を生じないであろう。従つて、この点に代理人資格を株主に限る理由は認められない)。議決権代理行使が商法第二三九条三項により強行法的に確立されたのは、明らかに株主個人の利益のために設けられたものであり、株主自身の思慮と分別に基づいて自己の信頼する者を代理人に選任しうるところにこの規定が株主の利益のために設けられたとする実質的利益が存する。株式の広範囲な分散は、株主自身の総会出席を時間的、経済的に非常に困難とする場合が多く、かかる場合には代理人による議決権行使ということが、株主の利益擁護にとつて実益があるのである。従つて、代理人たるものが総会に出席するのに時間的、経済的に困難でないことが必要である。株主間の人間関係はなくなり、株主総会がお互に未知の者によつて構成される現在において、この様な条件に合致する自己の信頼しうる代理人を株主のなかから選ぶことは不可能に近い場合が多いであろう、しからば株主は自ら議決権を行使しえない場合には、代理人によつてもそれを行使する機会を失うことになり、議決権が代理人によつて行使されることの価値が事実上失われてしまうことになり、明らかに議決権行使の不当なる制限となる。実際において、株主総会に出席できない株主は会社から送付された委任状を返送し、かかる委任状は会社理事者の欲する方法で利用され、総会の運営はかかる委任状を使用する現在の会社理事者の欲するままになされていることが多いのであるが、代理人たる資格を株主に制限することが益々かかる現象に拍車をかけることになるであろう(議決権代理行使は株主総会の運営の円滑化のために会社理事者側の利益のために認められたものではなく、個々の株主の利益確保のために認められたものであるから、かかる現象は決して望ましきことではない。いわゆる白紙委任状の濫用に対して種々の対策が考慮されている現在、益々かかる白紙委任状の利用に株主を追いやることになる代理人資格の制限は排除されるべきである)。わが商法は代理行使の可能性を強行法的に宣明し、且つ代理人の資格制限には別段の規定を設けていないことから、議決権行使の代理人を株主に限る定款規定は以上の理由によつて無効と解される。
二、仮に、議決権行使の代理人資格を株主に限るとの定款規定が有効であるとしても、右の規定が有効であるとされるのは、総会荒しを予防し、その他株主総会の正常な議事運営を期するために、特に、許されたものであるから、その様なおそれのない議決権代理行使をも、前記定款の規定に違反するものとして、株主の議決権行使の機会を事実上奪うに等しい結果を招来することまでも許容するものではない。したがつて、前記の定款規定はその適用範囲を合理的に限定する必要がある。そして、非株主の議決権代理行使を具体的に許容するか、どうかは、株主総会毎に具体的事情のもとに一応総会の議長がこれを決するものとし、その許容の決定が、法の目的に照して、正当であるか、どうかは、最終的には裁判所の判断を求めれば足るものと解される。そして、本件総会において議長が議決権の代理行使を許容したことは正当である。
三、控訴人は、訴外楠太郎は株主であると主張することができないとして、商法第二〇六条一項の解釈を主張する。
しかし、訴外楠太郎は、他人の承諾を得ず及び他人と通じて他人名義をもつて株式を引受けた者であるから、他人名義をもつて株式を引受けた者は、株主たりうるかの問題であつて、株式譲渡の対抗要件の問題ではない。訴外楠太郎が他人名義をもつて株式を引受けたものであるから(その事務上の取扱は控訴人三井矢作が全部処理したものである)、株式引受人となるのは実際上の申込人である訴外楠太郎であり、この場合会社はその名義を真実の株式申込人に訂正することさえなしうるものと解される。
四、商法第二〇六条一項は、承継的株主が、株主たることを会社に対抗しうる要件を定めているものである。一般に対抗要件は自己が権利者であることを主張するための要件であつて、第三者が積極的に権利者であることを認めるか又はその者の権利行使を承認するときには、対抗要件を必要としないことは、例えば民法一七七条の解釈上も争いのない処である。
判例も、会社は、記名株式の名義書換の有無にかかわらず、株式の移転を主張しうるものとしている(最高判、昭和三〇年一〇月二〇日、民集九巻一一号一六五九頁)。
本件において、被控訴会社は、株主名簿上の記載にかかわらず訴外楠太郎を株主として認めたもので、適法な措置である。」と述べたほか、
原判決事実摘示と同一であるからこゝにこれを引用する。
<疏明省略>
理由
一、被控訴人三井貿易株式会社(以下被控訴会社という。)が昭和二八年七月一七日各種商品の輸出入業務等を目的として設立せられ、現在発行済株式総数一万株、資本の額五〇〇万円の株式会社であること、控訴人三井矢作がその設立以来取締役の地位にあること、ところが、被控訴会社は昭和四〇年三月二〇日、同月七日の株主総会決議により解散し且つその清算人には被控訴人三井末春が選任されたとして、その旨大阪法務局において各登記手続をしたこと、しかし、取締役控訴人三井矢作及び控訴人三井健(株主として)は右株主総会の決議に瑕疵があるとして大阪地方裁判所に対し株主総会決議無効確認並びに取消請求の訴(本件の本案訴訟)を提起したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二、よつて、以下前記昭和四〇年三月七日の被控訴会社株主総会決議につき控訴人ら主張の如き瑕疵があるか否かについて検討する。
右株主総会開催当時における被控訴会社の株主名簿に登載されている株主とその持株数が原判決末尾添付の株主表記載のとおりであつたこと、右株主総会に株主として出席した者は、控訴人両名、被控訴人三井末春、訴外吉田晃、海下春造、山口育克、吉田敬造の七名(即ち、原判決末尾添付の株主表のうち、大橋亀男と三井菊枝以外の全員)であり、そのほかに訴外三井健治がその母である株主三井菊枝及び株主と称する三井楠太郎の代理人として出席したこと、議長たる被控訴人三井末春は三井楠太郎を株主名簿に登載されていないにも拘らず四〇〇株の株主と認め、又、三井健治が右両名の代理人として議決権を行使することを許容して決議を求めた結果、解散については控訴人両名の議決権数合計三、三〇〇の反対に対し、賛成はその余の出席者の議決権数合計六、七〇〇であるとして、解散決議が成立したものと宣し、次で清算人選任についても右同様賛否の議決権数の計算により、被控訴人三井末春を清算人に選任する決議が成立したものとして議事を終了したこと、及び被控訴会社定款第一四条には、株主の議決権行使の代理人は株主に限る旨規定されていることは、当事者間に争いがない。
(一) 三井楠太郎が四〇〇株の株主として議決権を行使しうるか否かの点。
まず、控訴人らは、三井楠太郎は被控訴会社の株主でないにもかかわらず本件株主総会において四〇〇株の株主として議決に加わつた違法があると主張し、被控訴人らはこれを争うので案ずるに(もし、控訴人ら主張のとおりであるとすれば、解散についての賛成議決権数は六、三〇〇、反対議決権数は三、三〇〇となるから、賛成数が総数の三分の二に満たず、特別決議を要する解散決議案は成立しない結果となることが明らかである。)、成立に争いない疏甲第一五、第一六号証、第二〇号証の一ないし一二、第二一号証の一ない九、第二三号証、原審における被控訴人三井末春本人尋問の結果による真正に成立したと認める疏乙第一、第一七号証に、原審証人吉田晃、同三井菊枝、当審証人三井健治、同三井健(但しその一部)の各証言並びに原審における被控訴人三井末春本人尋問の結果に、弁論の全趣旨を綜合すると次の事実が疏明される。すなわち、
(イ) 被控訴会社は設立当初その株主名簿登載の形式上は控訴人ら主張のとおり別紙(1) 記載の株主及び株数の構成をもつて発足したものであるが、実質はいわゆる同族会社であつて、当初の払込資本金二五〇万円は三井楠太郎、控訴人三井矢作、被控訴人三井末春(以上三名は兄弟)が各七〇万円、三井菊枝(右三名の兄弟亡三井市松の妻)が四〇万円の割合で出資したものであつて、これを当初の株式総数五、〇〇〇株(一株五〇〇円)に換算すると発足当初の株式の実質所有関係は、右三兄弟が各一、四〇〇株、三井菊枝が八〇〇株の構成となること。
(ロ) 別紙(1) 記載の株主中、右四名以外の株主は、まず被控訴人末春がいずれもその者に対し名義上株主となることを依頼してその承諾を得、控訴人矢作がその手続一切を了して形式を整えたに過ぎないこと。そして、右名義株主の承諾取付にさいしては、必らずしも当該名義株に対応する実質の株主が誰になるかを明らかにしてなされたものではなく、要するに名義を貸してもらいたい趣旨を告げてその承諾を得たものであること。
(ハ) ところが、被控訴会社では、(一)その後昭和三四年秋頃前記名義株式のうち杉浦春男、岡野和貴、清川保雄、山岡晴子(いずれも、かつて控訴人矢作、被控訴人末春も関係していた訴外三井釦被服株式会社の従業員)名義の各株式の名義を譲渡手続の形式によつて他に書換え、さらに三井楠太郎が所有していた実質株のうち自己名義の一、一〇〇株についても、訴外三井三次郎(楠太郎らの兄弟)の事業介入を防ぐ必要上、うち五〇〇株を控訴人矢作にうち六〇〇株を被控訴人末春にそれぞれ形式上名義書換えをした結果、被控訴会社の株主構成は株主名簿の形式上別紙(2) のとおりとなり、次に、(二)昭和三五年七月頃倍額増資をした結果、新たに控訴人三井健(控訴人矢作の子)、訴外吉田敬造(吉田晃の子)も形式上株主名義を取得したほか、それぞれ別紙(3) の記載のとおり新株引受手続がなされ、結局本件株主総会当時における株主構成は形式上原判決末尾添付の株主表記載の如きものとなつたこと。
(ニ) 以上の株主名義の変更には何ら実質上の権利変動はなく、また増資(新株発行)に際してもその資金はすべて被控訴会社の利益剰余金でまかなわれ引受人が現実に出資したものはなく、ただ控訴人矢作において手続上かく形式を整えたに過ぎないこと。それ故、本件株主総会開催当時における実質上の株主構成比率は設立当初と変動なく、株式総数一〇、〇〇〇株を右比率によつて按分すると、三井楠太郎、控訴人矢作、被控訴人末春の三兄弟が各二、八〇〇株、三井菊枝が一、六〇〇株となること。尤も、控訴人健の取得株式二〇〇株については、控訴人矢作がその持株の一部を名実ともに控訴人健のものとしたこと。
(ホ) 大橋亀男は当初被控訴会社の従業員であつた関係上前記の経過により、本件株主総会開催当時株主名簿の名義上四〇〇株の株主となつていたが、その頃既に被控訴会社を退職していたこともあつて、総会開催の予定日時、場所を知りながら当初から出席の意思はなく右総会には一切関係なしと考えていたこと。
以上の事実が疏明せられ、これに反する疏甲第一四号証、当審における控訴人三井健及び原審、当審における控訴人三井矢作の各本人尋問の結果は前掲各疏明に照らしにわかに措信することが出来ず、他に右事実を左右すべき疏明はない。
以上の疏明事実関係によると、まず欠席株主大橋亀男が単に名義上四〇〇株の株主であるに過ぎないことは明らかであり、しかも以下述べるとおり計数上訴外三井楠太郎がその実質上の株主であることが認められる。すなわち、実質上楠太郎に帰属する株式数は二、八〇〇株たるべきところ、総株式数一万株のうち、株主名簿上三井菊枝の持株は一、六〇〇株(実質上の持株数と一致する)、控訴人健の持株は二〇〇株(実質上の持株数と一致する)、控訴人矢作の持株は三、一〇〇株(実質上の持株数二、八〇〇を超過する)、被控訴人末春の持株数は三、三〇〇株(実質上の持株数二、八〇〇を超過する)となつているのであるから、控訴人矢作、被控訴人末春の右超過部分の名義株が実質上何人に帰属するかの判断はさて措くとしても、残株一、八〇〇株(株主名簿上吉田晃、大橋亀男、海下春造、山口育克、吉田敬造の名義となつているもの)は少くともすべて楠太郎に実質上帰属するものと認められ、結局株主名簿上大橋亀男名義の株式四〇〇株については、三井楠太郎がその実質上の株主であると言わねばならない。
控訴人らは、設立当初における楠太郎の引受株は名実ともに一、一〇〇株である。そして(一)当時既に大橋亀男をはじめ吉田晃、海下、山口らは別個に各自申込引受をなし当初から実質上の株主として楠太郎と併存していたものであるから、これらの株式をもつて実質上楠太郎に帰属すべき株と解することはできない。(二)海下、山口はその後当初からの実質株主杉浦の持株を各一〇〇株宛譲受けたのであつて、もしこれをも楠太郎の実質所有株とすると、楠太郎は申込引受なき株式まで所有したことになる。(三)さらに、倍額増資に際し、新たな株主となつた吉田敬造については、当時既に楠太郎の持株はなく、これと無関係に申込引受したもので、これを楠太郎の実質所有株とする余地はない旨主張するけれども、以上控訴人らの主張はいずれも、株主構成がすべて名実ともに別紙(1) ないし(3) のとおりの経過により変動したことを前提するものであるところ、右前提事実が認められないことは前叙の通りであるから、控訴人らの右主張は失当である。
次に控訴人らは、仮に大橋亀男名義の株式四〇〇株の実質所有者が三井楠太郎であるとしても、三井楠太郎は当時の株主名簿に株主として記載されていないから、商法第二〇六条第一項の解釈上、議決権を行使し得ない旨主張するので判断する。
商法第二〇六条第一項は、直接的には記名株式の移転があつた場合につき新取得者は株主名簿の名義書替手続を経なければ会社に対し株主たることを主張し得ない旨を規定するものであるが、右規定の趣旨とするところは、単に記名株式の移転の場合に限つてその対抗要件を定めたものに止まらず、凡そ会社に対し株主たることを主張する全ての場合についての対抗要件を定めたものであり(株主名簿の効力一般につき規定したもの)、従つて、他人名義で株式を所有する者、即ち所謂名義株につき実質上株主権を有する者が会社に対し株主たることを主張する場合においても、右法条の趣旨により株主名簿に自己の氏名の登載を要するものである。
しかし乍ら、右法条の趣旨とするところは、実質株主であつても株主名簿に登載なき限り会社に対して株主たることを主張し得ない旨を定めたに過ぎないのであるから、会社が進んで右の実質関係を認め自己の危険において株主名簿に登載なき者を株主として取扱うことは、妨げないものと解するのが相当である(最高裁昭和三〇年一〇月二〇日判決参照)。なお控訴人らは、株主名簿の登載は他の株主その他の第三者に対しても株主たることを対抗するに必要であるから他の株主から異議があれば会社としては株主名簿に登載なき者を株主として取扱うことを許されない旨主張するが、前記法条は会社以外の第三者に対する対抗要件まで定めたものではないから、右主張は採用出来ない。
尤も、会社が株主名簿に登載なき者を実質株主と認め、その者に株主権の行使を許容した場合にあつても、もしその者が客観的に実質株主でなかつた場合においては、会社の右許容は違法であり株主権行使の結果も無効に帰する筋合であるが、本件の場合、既に認定した通り三井楠太郎は被控訴会社の株式中少なくとも四〇〇株については大橋亀男名義でこれを実質上所有していた者であり、楠太郎が大橋の名義を借用するにつき同人の承諾を得たと否とに拘らず右名義株の実質上の株主は楠太郎であるから(商法第二〇一条参照)、被控訴会社が株主名簿の記載に拘らず楠太郎を四〇〇株の実質株主と認めて同人の株主権行使を許容したことは適法であると言わねばならない。
(二) 訴外三井健治が株主三井菊枝、同三井楠太郎の議決権を代理行使した点。
被控訴会社の定款第一四条では、株主の議決権行使の代理人は株主に限る旨規定されていること、しかるに本件株主総会においては被控訴会社の株主でない訴外三井健治が株主三井菊枝及び同三井楠太郎の代理人として出席し、その議決権を行使したことはいずれも当事者間に争いがないところ、控訴人らは三井健治の議決権代理行使は右定款に違反する旨主張するに対し、被控訴人らは、右定款は商法第二三九条第三項の趣旨等に照らし無効であり、仮に有効であるとしても右定款第一四条の趣旨は非株主の議決権代理行使をすべての場合につき禁止するものではなくその適用範囲は合理的に限定されるべく、本件の場合はその事情に照らし許されるべきものである旨主張するので検討する。
商法第二三九条第三項は、株主の議決権行使をできるだけ容易ならしめるために、定款の規定をもつてしても一般的に議決権の代理行使を禁止し得ないものとしている趣旨であると解せられるが、さればといつて合理的な理由により代理人の資格を相当範囲に限定することまでも禁止しているものとは解し難いから、株主総会の議事の運営が、株主以外の第三者によつて攪乱、阻害せられることを防止するため、定款の規定をもつて代理人の資格を自社の株主に限定することは合理的な理由による相当程度の制限として原則的には許容さるべきものと解する(昭和四〇年六月二九日大阪高裁判決、高裁判例集一八巻四号三四九頁参照)。従つて右の如き定款の規定をもつて商法第二三九条第三項に違反する無効のものであるとなす説にはにわかに左袒し得ないが、唯具体的場合に非株主による議決権の代理行使を認めても、定款により代理人資格を限定した趣旨に反せず、何ら支障がないことが明らかであり、却つてこれを認めないことが当該株主の議決権行使の機会を事実上奪うに等しく、不当な結果となるような特段の事情がある場合には、議決権の代理行使を保障する商法第二三九条第三項の規定の精神に稽え、右定款の規定の拘束力はなく、会社はこれを形式的、画一的に適用して当該株主の非株主による議決権の代理行使を拒否し得ないものと解するのが相当である。
今これを本件について見るに、弁論の全趣旨によれば、被控訴会社の定款第一四条の規定は多くの会社の例に傲い被控訴会社の株主総会の議事の運営が、自社の株主以外の第三者によつて攪乱、阻害せられることを防止するため設けられたもので、議決権の代理行使を不必要に制限したものとは認められないから、原則的には有効と解すべきところ、当審証人三井健治の証言によつて真正に成立したものと認める疏乙第一六、一七号証に、右証言、原審における証人三井菊枝の証言及び被控訴人三井末春本人尋問の結果を綜合すると、本件株主総会に株主三井菊枝、同三井楠太郎の代理人として出席し、議決権を行使した三井健治(当時二二才)は、右菊枝とは同居の母子関係にあり、また右楠太郎とも叔父、甥の関係にあり、かつ隣家に居住して平素親愛せられていたものであるところ、本件株主総会当時菊枝(当時五七才)は高血圧かつ難聴である上人前で話しをすることを苦手としていた等の事情から、また楠太郎は七〇才を超える老令であるに加えて癌のため八尾市民病院に入院中であつた等の事情から、やむを得ず健治に対し本件株主総会に出席して各自の議決権を代理行使することを委任したものであり、本件株主総会の議長三井末春も右事情に鑑み、健治を有効な資格を有する代理人と認めて議決権の代理行使を許容したものであることを認めることができ、右認定を左右するに足る疏明資料はない。しかして右議決権の代理行使を委任した事情に、被控訴会社が同族会社であり、健治も株主ではないが同族の一人である点を考え合せると、被控訴会社において健治がその母菊枝及び叔父楠太郎の代理人として議決権を行使することを拒否すべき実質的な正当理由はなく、またこれを拒否することは菊枝、楠太郎の議決権行使を不当に制限する結果となることが明らかであるから、本件の場合は右定款の規定の拘束力はなく、本件株主総会における議長三井末春のとつた前示措置は定款第一四条の規定の存在にかかわらず適法であつたと認めなければならない。
そうすると非株主三井健治による議決権の代理行使が単に形式上被控訴会社の定款の規定に違反することを理由として本件株主総会における決議をもつて無効であるとなす控訴人の主張は理由がない。
(三) 本件解散、清算人選任決議が公序良俗に反するか否かの点。
成立に争いない疏甲第六号証の一ないし四、第八、第九号証、原審における控訴人三井矢作本人尋問の結果により真正に成立したと認める同第七号証、原審における被控訴人三井末春本人尋問の結果により真正に成立したと認める乙第二ないし第一四号証に、原審、当審における控訴人三井矢作、当審における控訴人三井健の各本人尋問の結果を綜合すると、被控訴会社は設立以来その営業成績は比較的順調であつて、昭和三五年七月には倍額増資をなす等特に紛争の原因とてなかつたところ、昭和三九年八月三一日に至りにわかに従業員が一斉に退職届を出し、同時に、同月二〇日設立された三井通商株式会社に走り、備品什器等も殆んど右新設会社に持ち出され、従前の被控訴会社の営業が事実上右新会社によつて引き継がれる状況に立至つたこと、なお、右新会社の代表取締役は被控訴人末春の長男三井高明であること、そのため被控訴会社の実態は控訴人らが残るだけとなり、事実上活動不能となつたこと、等の事実が疏明せられる。しかし、前掲各疏明に原審証人吉田晃、同三井菊枝の各証言、原審における被控訴人三井末春本人尋問の結果を綜合すると、被控訴会社が右の如き結果に立至つた原因は、被控訴会社が昭和三八年頃社屋ビル建築を企てた際、その敷地所有権の帰属に関し、控訴人矢作と被控訴人末春との間の意見が異なり爾来双方でことごとく反目するに至つたことに端を発するものであつて、むしろ、控訴人矢作の言動が右紛争の原因と思われる節も窺われ、その後、三井楠太郎、吉田晃、海下春道らが双方の仲裁を試みたが結局成功しなかつたことが疏明せられ、本件解散に至つた原因が単に被控訴人末春の一方的な不当な意図に基くものとは考えられず、他にこの点に関する控訴人らの主張を肯認するに足りる疏明はない。
よつて、本件解散等決議が公序良俗に反するとの控訴人らの主張も理由がないといわなければならない。
(四) 本件株主総会の招集につき取締役会の決議を経たか否かの点。
原審における被控訴人三井末春本人尋問の結果によつて真正に成立したと認める疏乙第一五号証と右尋問結果によると、昭和四〇年一月三一日被控訴会社取締役会は被控訴会社解散の件等を議案とする株主総会を同年二月一六日に開催する旨決議し、よつて右二月一六日株主総会が開催されたところ、議場が紛糾したため議長三井末春は審議未了のまゝ延期を宣して閉会し、本件総会はその継続会であることが疏明せられ、右に反する疏甲第一三号証の一は前掲疏明に照しにわかに措信することが出来ず、他に前記事実を左右するに足る疏明はない。
よつて、控訴人らの本件総会開催につき取締役会の決議なしとの主張も採用することが出来ない。
(五) 本件株主総会開催につき株主大橋亀男に対する招集通知を欠いた点。
仮に控訴人ら主張のとおり本件株主総会開催につき大橋亀男に対し招集通知を欠いたとしても、本件では大橋が単に名義上の株主であるに過ぎず、真実の株主が三井楠太郎であることは既に認定した通りであるところ、このような場合、会社としては必らずしも株主名簿の記載によることなく真実の株主と認める者に対して通知をなせば足り、名義株主に通知するを要しないと解するのが相当であり、その理由とするところは前記(一)において判示した通りである。
よつて、控訴人らの右主張もまた採用することが出来ない。
三、以上のとおりであるから、本件株主総会の決議に瑕疵があることを前提とする控訴人らの本件仮処分申請は理由がなく、これを却下した原判決は正当であり、よつて本件控訴は理由なしとして棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条第一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡垣久晃 奥村正策 畑郁夫)